●失敗できる土壌
日本とアメリカでは、一度失敗した人に対する捉え方が180度異なります。日本では「失敗者」としてレッテルを貼られます。例えば大きなプロジェクトで失敗した人は、次の大きなプロジェクトを任される事は無いでしょう。事業で失敗し会社を倒産させた人に融資する人も少ないでしょう。これが日本人の感覚なんです。
対して、アメリカでは全く違う考え方をします。一度失敗しているのだから、同じ失敗は無いだろう。その失敗の中から何か学んだ事があるのだろう…と、失敗したその経験を買います。失敗する前よりも失敗した後の方が評価されるのです。なぜならばそれは単なる行動の結果であって、成功や失敗は重要なファクターではないのです。動いた事によって得たものを評価するんですよね。これはすばらしい事と思います。
日本のトップレベルでは最近このような考え方も見受けられますが、残念ながら日本の土壌にはまだこのような考え方が定着していません。これにより結果主義になってしまっているんです。「成功」か「失敗」かの2択しかありえないって事です。
でも、結果はあくまで結果です。その人の人生において、その時々の結果が「成功」の方がいい場合もあれば、「失敗」の方がいい場合もあるでしょう。もっと長い目で大局的に結果を判断すべきなのです。これができないと、何をするにしても絶対に失敗できない事になってしまい、チャレンジ精神を失わせてしまいます。
もちろん「失敗ありき」ではいけません。失敗してもいいという事が心の油断につながってはいけないのです。あくまで真剣に向き合った結果による失敗でなければ、何も学ぶところはありません。
個人的には、先にどんどん失敗した方が後に成功できる確率が高まると思っています。だからこそ、若いうちにどんどんチャレンジし、どんどん失敗すればいいと思っています。少なくともそれが出来る土壌を、これからの日本に求めていきたいですね。
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